「ねえ、ゆうにゃん、ジュース買ったから飲まない?」

杏はそう言って自動販売機にお金を入れボタンを押すと「ガラガラガシャン」という音がした。まだ買ってなかったのかよ。

しかし、優が「え、あ、ありがとうございま...」とそう言いかけた瞬間、杏は、自動販売機の下の方からジュースの缶を取り出すと、早速、ゴクゴクとジュースを少し飲んでから優に渡そうとした。

「えっと、今はいいです」

優は、またかと思いながらそう返事をした。杏は、あれからというもの優に対して熾烈な攻勢をかけてきていた。狙いはズバリ、あの夜にできなかったキスをなんとしてでも成功させることなのだろう。最初は間接キスからということで、最近はもっぱら自分が飲んだジュースを勧められることが多かった。隠し事が下手な杏なので、優にはそういうのがわかってしまうのだ。

「えー、なんで?美味しいよー。これおすすめなのー」

杏は、ジュースの缶をギュッと両手で握りしめ「えへへ」と笑ってそう言った。

「......」

優は黙り込んだ。そういうのがわかってしまうと...。

そんなこともあり、優はいつにも増して杏によそよそしい態度だったが、その態度が杏の心に更に火を付けてしまったようだった。また関係が元に戻っちゃったよ!

優は、杏に「そんな焦らなくていいのでは?」ということをやんわりと伝えようとしていたが、それをどうやって伝えようか途方にくれていた。優はキスなんてまだまだ自分には早すぎるとそう思っているのだ。どこの父親だ。

「あれー、いらないのかあ...」と杏は、少しがっかりしてそう言った。

優は、目に見えて落ち込んでいる杏を見かねて「あ、そうだ。今日、先輩の家に遊びに行っていいですか?」と言った。もちろん、優は、杏にやんわりと「焦らないように」と伝えることができるかもしれないという淡い期待もあった。

すると、杏の表情はぱっと明るくなり「え、うん。いいよー」と嬉しそうに言った。

「...はい、じゃあ、一旦、家に帰ってからお邪魔しますね。失礼します」

優は、そう言ってアイスクリーム屋とパン屋が並ぶ交差点を右に曲がり、自宅に向かった。

しばらくして、閑静な住宅街にある一棟のマンションに入っていった優は、荷物を置いて、着替えを済ませ、再びマンションの出入り口から出てきた。

優は、杏の家に歩いて向かった。

「ピンポーン」

杏の家の呼び鈴が鳴った。

「はーい!上がって上がって」

杏の声が二階の方から聞こえた。

「お邪魔します」

そう言って、見慣れた玄関で靴を脱ぎ、優は階段を登った。

杏の部屋に入ると、杏は小さな丸い机の前にクッションを敷き座っていた。

机の上にはぶどうジュースのボトルが置かれ、2つのコップの中は既に紫色の液体で満たされていた。

「.....」

優の表情が一瞬、固くなった。

「どうしたの?一緒に座ろうよー」

杏はそう言って、優のスカートの裾を握った。引っ張らないところが、杏のいいところです!

すると、どこからともなく変な音が聞こえた。音は先程登ってきた階段の方からだった。

優は、一体なんだろうとドアのほうを振り向くと、灰色っぽい猫が「にゃーん」と言いながら部屋に入ってきた。

「あ、ぽこちゃんだ」と杏が言った。

ぽこという名前なのだろうか。キジトラ模様のかわいらしい猫が優を見上げながら近寄ってきた。

「!!!」

優は、声にならない声を上げた。

「先輩、猫と一緒に暮らしてるんですか?」

優は、焦った様子ですばやく詰問した。

「う、うん、そうだよー」

暮らしてるってなんだよ。

「でも、この前、泊まった時は見かけませんでした」

「その日は、そういえば、いなかったねー」

たまにどっか行ってるんだよーと杏は、ふにゃっとした笑顔でのんびりとそう答えた。

「先輩、猫がいるなら、そう言ってください!」

優は、すごい表情で杏に迫った。

「え、え、なに、どうしたの、ゆうにゃん!?」

杏は、少し驚いた顔をして、どうしたんだろう、もしかして、ゆうにゃん、猫が苦手なのかもと思った。

すると優は、予想に反して「私、ねこさんが大好きなんです!!」と今まで見たことない表情で言い放つのだった。

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