「杏先輩、好きです」

暗闇の中、薄っすらと見える人影が動いて、ゆっくりと重なっていく。

杏は、眠ったフリをしていたが、そのことを優に悟られてはならない。しかし、幸福感でついつい顔が緩んでしまうのを感じるのだった。

どうしよう、あと少し、あとほんの少しだから、もう少し頑張って。杏は、頭の中でそう念じた。

「ジリリリリリリッ!!」

「う、うーん。なんだ、夢かあ」

自宅のベッドの上で目が覚めた杏は、誰もいないベッドを見回しながら、がっかりした声でそう言った。

......

一方、優も、今朝は杏の事を考えていた。

そう、またあの日のことを思い出していたのだ。杏の家に泊まったときのことを。

あの日、優は嫌がったような態度をとってしまったことをずっと後悔していた。本当は単に恥ずかしかっただけなのに。

だからこそ、もう一度やり直そうと考えていたのだ。今度は自分から。...でも、恥ずかしいよね。

優は、真剣に悩んだ様子で、しばらくベッドに座っていたが、やがて、ぱっと起き上がると、学校の制服に着替えだした。

......

放課後、部活が終わり、優が杏に声をかけた。

「杏先輩、もうすぐ冬休みですね」

優が下の方を向きながら両手を組んでそう言った。

「うん、そうだねー」

杏は、ニコニコと嬉しそうな表情で答えた。

「あのー、冬休みの最初の日、杏先輩の家に泊まってもいいですか?」

優が杏の方を見つめてそう言った。

「え、うん、いいよー。おいでー」

杏は、ちょっと驚いたような顔をして言った。

こうして、優にとっては、あの日をやり直すための大事なお泊まり会が始まるのだった。

......

「ピンポーン」

冬休み初日、杏の家の呼び鈴が鳴った。

「へーい!」

杏はそう言って玄関に急ぐ。

「いらっしゃーい!」

「おじゃまします」

そんな定型的なやり取りをした後、二人一緒に見慣れた階段を登っていく。

杏の部屋は、階段を上がって左側にある通路の一番奥にある。

「いつも通り、整理された部屋ですね、杏先輩に似合わず」

優は一通り見回した後、そう言った。

「えへへ」

杏の反応は特になかった。

「今日は何食べるー?」

杏はそう言って引き出しを開けた。やはり、たくさんのお菓子が出て来る。この展開を優は予想していたが、いつもながら、何だこの引き出しは!

「お菓子もいいですけど、今日は、ねこさんを見かけませんね」

優は、杏の家に住んでいる猫のことを聞いた。

「うん、今日はおでかけしてるみたいだよー」

杏は、そう言った。

「そうですか。ちょっと残念ですね」

優は、寂しそうに言う。本当はものすごく残念そうに見えた。

そして、「そうだ、まずは、冬休みの宿題を少しやりませんか?」と優が言った。

すると、いつも通り杏からは「えー」という嫌々な返事が返って来る。

結局、その日はほとんど冬休みの宿題をやっていた。

一日が終わり、冬休みの宿題も全部終わって、あとは寝るだけになった。

「ゆうにゃん、勉強すごく速くなったねー」

布団に潜りながら、杏が言った。いつも、そうやって会話が始まるのだ。

しかし、優は、計画のことを思い出して、内心どうしようとドキドキだった。そう、今日、先輩と初めてキスする。そう心に決めていた。

その思いが顔に現れて優の顔が少し赤みを帯びていく。

しばらく間をあけて、優は「そうですね。杏先輩が選んでくれた問題集のおかげです」と返事をした。どうやら、問題集勉強法の効果が出ているようだ。別にそれほど大層なものでもないと思うが。

杏は、何か言おうと口を開けたが、その瞬間、今朝の夢を思い出した。

そう言えば、夢では自分が寝てる時に、ゆうにゃんからキスしてもらえる夢だったなあ。

そこで、杏は、寝たふりをすることにした。切り替え早すぎるよ!

「あれ、杏先輩、寝ちゃいました?」

優が小さな声を出した。

「......」

杏は、目を閉じて寝たフリを続けた。

「そうですか、なら、話は早いですね」

優は、極めて強い眼光を放ちながら、そうつぶやいた。

優は、杏の方を見たが、杏は真上を向いて眠っていたので、キスするには上に乗らないとダメかも。そう思い、優は、のそのそと杏の上に登ることにした。

それでも目を覚まさない杏。

もしかしたら、これが自分の計画を完遂するための最後のチャンスかもしれない。そう考えた優は、すぐに眠っている杏の方に顔を向ける。

どんどんと二人の距離が近づいていく。

「杏先輩、好きです」

優が直前になってそうつぶやいた。

しかし、あとほんの数センチと言うところで、杏の顔がふにゃっとニヤけた。

それを見逃さなかった優はピクリと眉を動かし、静止した。そして、「杏先輩、寝たフリしないでください」と静かにそう言ったのだった。

「えへへー。ゆうにゃん、今何しようとしてたのー」

杏は、目を開けて、嬉しそうに小声で聞いた。

すると、優は、開き直って「杏先輩の寝込みを強引に襲おうとしてただけです!」とそう言ったのだった。

しかし、相変わらず杏は、嬉しそうだ。

それを見かねて優は、「もう、なんで止めようとしないんですか、もっと慌ててください、強引にキスしちゃうところだったじゃないですか、本当にそれでいいんですか!」と説教した。

「えー、じゃあ、正解は嫌がればよかったってことだったの?」

杏は、残念そうにうなだれる。夢は外れだったのかあ。

すると、優は、「そうです。嫌がってくれないと強引にできないじゃないですか、それがいいんですよ!」と訳のわからないことを言い始める。

結局、その夜は、ずっと「えーっと、何だっけ、いや~ん、やめて、ゆうにゃんが無理やり襲ってくるよー」、「全然ダメです、わざとらしすぎます。もっと本気でやってください。じゃないとこっちも襲う気になれないじゃないですか」、「えー、難しいよおー」というような会話で暮れていくのだった。

おしまい☆

results matching ""

    No results matching ""